【壮絶】ブラック企業を2社勤めた体験談を実例エピソードで紹介!

ブラック企業 体験談

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なつめ

私の社歴について、転職経験は2回あります。
今が3社目で、1社目と2社目がいわゆるブラック企業でした。

20代はなかなか過酷な社会人生活を送っていたので、今回は私の体験談から今の仕事で苦しんでおられる方がいましたら、参考にして頂きたいです。

一つ言えることは自身が過酷な労働環境で会社へ貢献していたとしても、会社側はただ一人の従業員に対してなんとも思っていません。

日本の未来は少子高齢化で企業の人手不足が予想され、必ず売り手市場の時代がやってきます。

それぞれご家庭の事情・環境の違いがあり、転職や起業などに踏み出せない部分もあるかと思いますが、この記事がその一歩を踏み出すきっかけになれば幸いです。

この記事はこんな方におすすめ

・ブラック企業とはどんな会社か知りたい方
・ブラック企業勤務から脱出したい方、辞めたい方
・現状を変える為、ブラック企業について情報収集している方

もくじ

ブラック企業へ就職した経緯

これは大学時代の就職活動をおろそかにしたことに尽きますね!

ろくに業界や企業を調べもせずに活動をしていました。

中でも体験談からですが、私はサービス業(基本的に土日が休みでない)に就いて思ったことが、労働が体力勝負なので40代・50代でも働いている将来が想像できませんでした。

ちょうど就職氷河期にもあたり、何十社受けて内定が一社取れるような時代だったので、私は内定が取れた時点で早々に就職活動をやめてしまいました。

当時は副業やフリーランスといった言葉も無く、新卒で入った会社に骨をうずめるぐらいの風潮があったので、その部分からするともっと慎重にリサーチして就職活動をしないといけなかったです。

ブラック企業体験談【一社目】

フラストレーション

まずは一社目、新卒で入社した会社がいわゆるサービス業のスーパーマーケット、体育会系で気合と根性で乗り切れという社風でした。

私ははじめに水産部門に配属され、冬は手が凍るような寒さで魚をさばき、週一で冷凍庫に凍えながら在庫の棚卸しをして環境としてもかなり過酷なところでした。

簡単に紹介しますと、

・勤務先:大手流通業(上場企業)
・従業員:8,000~9,000名
・勤務地:中部圏
・職種 :販売部門
・その他:文系卒の20代(就職当時)

サービス残業


とにかく拘束時間が長く、1日平均で14~15時間は働いていましたが、残業代は支払われず全てサービス残業でした。

休憩はというと、5分から10分のご飯を食べるだけでタイムカードを切っていたら、これは問題だからと1時間休憩したことにして切りなさいと、実際は休憩していないのに1時間を目安にタイムカードを切りに行ってました。

上場企業ではありえないような待遇でしたが、これがサービス業の辛いところで誰かが休むと急遽予定が変わることもありました。

またせっかくの休みの日まで会社から電話があり、「頼んでおいたことをやっていないじゃないか」と叱責を受けることもあり、昨今では考えられないような扱いを受けていました。

転勤が多い


また転勤も多く、2年半で5回も異動があり中には1ヵ月しかいないところもありました。

引っ越しが生じる転勤もあり、1ヵ月や半年で県をまたいでの引っ越しはかなりの負担があります。

転勤を断るといった後ろ向きな発言をする雰囲気は会社には無く、当時は独身でしたが家族がいたと考えると相当なストレスにもなります。

「今日からよろしくお願いします」と言ってから1ヵ月後にはもういないといった具合で、企業の成長スピードに人材が追い付いていない印象だったと当時を思い返します。

体力勝負


現在もそういう社風かはわかりませんが、現代では上場企業でプライム市場にいるような企業でもこのようなブラック企業だったのでサービス業界全体の企業体質によるものかもしれません。

私の記憶では若い人がほとんどで、自身も20代でしか身体が持たないと働いている時に思っていました。

常に時間に追われ、時間通りに仕事がこなせていないと上司からの叱責があります。

やっと落ち着けるのが帰れる間際という日々だったので、家に帰って次の日の朝起きるのが非常に辛く、疲労感からかいつも背中が痛いという症状にみまわれていました。

ブラック企業体験談【二社目】

ストレス過多

このような感じで過ごした20代前半、私は転勤が嫌になり仕事をやめます。

そして次に地元の企業に転職するのですが、1社目の体育会系とは変わりアットホームな感じの会社でしたが、結局変わらなかったことが労働時間でした。

2社目も簡単に紹介しますと、

・勤務先:地元商社(顧客は製造業)
・従業員:30数名
・勤務地:中規模都市
・職種 :営業職
・その他:文系卒の30代(就職当時)

労働時間


その時間に関しては1社目よりも酷く、朝は7時からスタートし、23時に勤務終了といったところでした。

平日のスケジュール


どれだけこなしても仕事が追い付かず、土日休みも出勤し、もちろん休日手当、残業手当といったものもありません。

当時の年収で朝から晩まで働いて300万ほどでした。

時給換算すると500円もありません。

社会保障はありませんが、アルバイトやパートで時間きっちりに帰れる方がいいレベルですね。

妻と結婚する前によく土日に今から仕事に行ってくると言うと、「本当に」とびっくりされていましたが、平日だけでは仕事が追いつかず、土日で仕事をフォローという日々が続いていました。

一族経営


オーナー企業でアットホームな感じでありながらも、お金にはシビアでちょうどリーマンショックがあった年に国から助成金(従業員を休ませる前提)を受けながらも休みを与えず、働かせていたところもかなりブラックな体質でした。

またちょうど私が働いている期間に代変わりがあり、俗に言うアットホームさも薄れていきワンマン体質が強くなっていきました。

自身がこれだけ働いているのに、2代目は私腹を肥やし見た目もだらしない姿に…

会社への忠誠心も薄れていきますし、何より経営者への不信感も強くなっていきました。

家族から見た私


何より1番衝撃だったのが、私は3社目の会社に入ってから結婚をしまして、その結婚式の日に呼んだ友人に私の父親が前の会社で働いている自分を見てて過労(二社目は勤続3年)で死んでしまうのではないかと心配していたと友人から聞き、周りからみても相当やばかったのだと思います。

自身でも苦しい日々だなと思いながら働いていましたが、身近にいた家族が私を見ていて過労死を想像する、そんなとんでもない異常な生活が続くと他の選択肢を考える余裕がなくなります。

異常な就労環境に早めに気づけなかったのが今でも悔やまれます。

なつめ

振り返ると、よく2社もこういった企業に勤めてこれたなと思います!
決して自身の基準値を上げる経験ではなく、ただただ苦しかった経験です。今も苦しんでおられる方がいましたら、私の体験談から早くそういった企業からは逃げてください!!

ブラック企業をすぐに辞められなかった理由

ここではそんなに過酷なのになぜすぐ会社を辞めなかったのかについて、過去を振り返りながら理由を記していきます。

石の上にも三年

今では死語かもしれませんが、当時はどんなに辛くても三年はいないと他にいっても通用しないような風潮も残っており、そこにこだわっていたのかもしれません。

いま思えば、ただの我慢大会だったので早々に見切りをつけて他を模索するべきでした。

単純にたまにある休みも身体の回復日になっていたので、転職活動をする時間もありませんでした。

激務で思考停止

あまりにも激務で異常性を疑わなかったことも辞めなかった理由としてあります。

一緒に働いている人たちも同じように過酷な状況だったので「そういうもんだ」という考えになり、世間知らずでしたね。

頭が麻痺しているので他の会社へいくことを考えず、日々どう一日を乗り切るかしか考えられなくなっていました。

そこそこの知名度がある会社

一社目の会社については、上場企業で本社のある地域では知名度がある会社だった為、入社前はそういった部分に魅力を感じ、入社後は倒産することはないだろうという部分がありました。

会社が安定してようが、従業員を消耗品のように扱う会社には早く気づいて辞めるべきだったと思います。

ブラック企業の辞め方【体験談より】

ブラック企業の具体的な辞め方について二通り触れていきます。

退職代行サービスの利用

そもそもがブラック企業なので、辞めるときも揉める可能性があります。

「そんなんじゃどこにいっても通用しないよ」という根拠の無い根性論を押し付けてきたり、話し合い自体に応じない場合もあります。

そんな時は費用はかかりますが、退職代行サービスを利用しましょう。

会社と直接やりとりすることなく代行してくれますので、辞めるときまで嫌な想いをすることはありません。

法に基づいて対応してくれますので、有休消化や未払い残業代、退職金などの心配事も代行して交渉してくれますので安心してください。

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話し合いの余地がある場合

退職に関して、話し合いの余地がある場合については次の順序で進めてみましょう。

①なるべく早めに辞める2カ月前に上司にまず「相談」。
就業後に「相談」の形で入り、その場で2カ月後に辞める意思だけを告げる。
③上司からの返答があってから、「退職願い」を提出。

※注意点として、間違ってもはじめから「辞表」を用意してはいけません。
また②の退職意思を伝える時点では有休消化の話はふせて、③の退職願いを提出してから交渉しましょう。ブラック企業では有休消化の交渉はハードルが高いかもしれませんが…ちなみに私は2社とも有休休暇を取ったことがありません。

求職期間が発生した場合は

私の場合は2社とも体力の限界がきて退職。

なので次の会社を決めれずに会社を辞めています。

もう会社には行けないとなって、辞めてから数カ月間は体力の回復に努め、動けるようになってから転職活動をしていました。

離職期間に職業訓練校に通い、PCスキルを高めたりもしていました。

失業保険と職業訓練校

会社が倒産でもしない限り、なかなか会社都合で退職することは難しいです。

自己都合退職になると、失業保険は待期期間が3ヶ月となり、支給されるのは4カ月後となります。

ここでポイントを紹介しますが、ハローワーク紹介の職業訓練校に通えば、この待機期間がなくなり訓練校に通いはじめた月から失業保険がもらえます。

また失業保険の支給期間は勤続年数によって決まりますが、例えば勤続10年以上で支給期間4カ月のところ、職業訓練校の期間が半年の場合は2カ月プラスの6カ月間、失業保険を受け取ることができます。

ブラック企業の体験談まとめ

以上、私の体験談ですが、世の中にはもっと過酷でブラックな企業があるかもしれません。

体験を通して学んだ事は自分の身体を壊してまで働く意味はないという事です。世の中で一番大切なものは自分の健康以外にありません。

年齢がいくつであっても、生活が苦しくなってもそういったブラックな企業からは必ず逃げてください。


転職を何回繰り返しても恥ずかしいことではありません。自分に合ったところに出会えていないだけです。

今現在、会社勤めで苦しんでおられる方がいましたら、どうか身体の健康を1番に考えて生きてください。

ブラック企業 体験談

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